苦手な人&嫌いな人のことがやたら気になるのはなぜか?

今回は、苦手だな嫌いだなと思う人に対して
なるべく関わらないようにしていても
なんだか目に付いてしまう理由について
書いています。

 

世の中には自分の価値観とは合わない人も
たくさんいるわけですが、昨今は
SNSに気軽に写真や文書・動画等も
投稿などもできるようになりました。

 

社会的にルール違反な内容でなければ
個人の主張や表現などは自由にすれば
いいと思いますし、いろんな考えが
あって当然ですよね。

 

このことはネットだけの世界にとどまらず
現実世界の中でも、ご近所さんとの関わり
ウチのように小学生の子どもがいると
小学校でのつながりだったり。

 

仕事をしていたら、職場の上司・同僚
取引先の方々など、たくさんの人と
やりとりをして生活をしています。

 

ただ、どうしても苦手な人、嫌だな・・と
感じる人も存在することは事実なので
できればその人たちから離れることを
おすすめしたいと思います。

 

が。

 

平日昼間のカフェでは
何かとイラつく旦那の話に盛り上がり

 

同僚とのランチ会&飲み会では
使えない上司の話で盛り上がり

 

何気なく見ているSNSでは
その人の投稿を見てイラッとしたり

 

何かと、その人に対して
注目をしたり話題にしたり
気になっていることってありません?

 

自分にとって本当にどうでも良い人であれば
絶対に話題なんかに上がらないはず。

 

だけど、苦手な人や嫌いな人って
何かと話題に上がりがちなのは
自分がその人を注目しているから。

 

そして、その人に何か些細な
失敗やミス・トラブルがあれば
そこを突いてマウントをとりたい
気持ちが働いているから。

 

要するに、相手が間違っていて
自分は正しいことを証明したい
自分は被害者であることを伝えて
こんなかわいそうな自分を
認めてほしいってことですね。

 

私自身も含めて、ですが
社会の中で生きていくとなると
人間関係のやりくりが発生しますが

 

人からよく見られたい
承認してもらいたい

 

という気持ちはみんなが持っています。

 

だけど、これが行き過ぎると
いつでも、誰かのあら探しを始め
匿名SNSで誹謗中傷したり
何かにつけてダメな点を見つけ始めると
そうしたものばかりを引き寄せます。

 

カラーバス効果、という言葉がありますが
例えば、片渕家は最近そろそろ車を
乗り換えようか?ということで
永遠の25歳(妻)と相談して
あれこれWebサイトをチェックしたり
試乗とかしまくっているのですが

 


BMWの乗り心地はまあまあ、とのコメントでしたw

 

そうすると意識がそちらに向くので
街中を走っている車だったり
ワーケーションをしている地方でも
車の情報が飛び込んできます

 

「あの車のデザインいいな〜」
「この車はちょっと違うかな〜」

 

車なんて日常生活の中でたくさん
すれ違っているはずなのに
自分がどこに注目しているか?
意識を向けているか?
によって、集まる情報が異なります。

 

同じように、苦手な人&嫌いな人も
そのように自分で認定すると
「意識してしまう」ので
結果的に、いつまでたっても気になる
存在としてあり続けてしまうのです。

 

「好き」の反対は「嫌い」
ではないんですよね。

 

「好き」も「嫌い」も自分自身の感性で
決めているものですし
いずれも自分の感情が良い意味でも
悪い意味でも揺れ動く存在になります。

 

「好き」「嫌い」の反対は
「無関心」なのかなと。

 

一時期流行った?(今も流行っている?)
引き寄せの法則というのも
こうした心理的な影響からきているのかなと
私は思っています。

 

であれば、できるだけ
良いものを引き寄せたいところです。

 

ちなみに苦手な人&嫌いな人と
感じる多くの理由は
自分が信じている「常識」「ルール」を
いとも簡単に破る
から。

 

「夕飯作ったら、普通はありがとうとか
美味しかったとか、じゃあお皿洗ったり
片付けたりするね、とかあるのが
普通じゃない!?怒」

 

「上司だったら、的確な指示を出したり
業務管理したり、アドバイスくれることが
普通なんじゃないの!?怒」

 

「コロナ禍の影響で、外出自粛など
言われているのに、何でワーケーション
とかしているわけ!?怒」

 

きっと、こんな感じです。

 


北海道のワーケーションは最高だったなw

 

自分が信じているもの・我慢しているもの
普通そうするでしょと考えているものを
目の前で遠慮なくスルーされると
それらを守ったり信じている自分自身を
ないがしろにされてしまう感覚に
雑に扱われている感じになるので
イライラ・・とするわけです。

 

さて、ここからの教訓としては

 

私の価値観・大事にしたいこと
やりたかったことは、それだったのか
という気づきにする

 

そして私が思っていた常識やルールは
他者にとっては当たり前ではなく
多様な価値観を理解するための教材にする

 

ということですね。

 

相手に直接文句を言ったり
言動を変えてほしいことを伝えるのは
一定有効に働くこともあります。

 

しかし、相手からすると
自分自身を否定された感覚になりますし
なぜこれまでの考えや言動を
変えないといけないのか?
メリットを感じなければ
本心から言動を変えてくれるのは
なかなか難しいでしょう。

 

なので、可能な限り
そういう人と離れていき
「無関心」の状態つまり
存在しない状態に持っていくか?

 

または、学びや教訓を得る教材とするか?
自分自身を知る機会とするか?

 

など、前向きに活用したほうが
良いかなと私は考えていますし
できることなら自分と同じ価値観で
リラックスできる人との時間を
大切にしていきたいものです。

 

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

 

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