陰徳を積む意味は?その効果やメリットはやはり大きい!という話

陰徳を積む、という言葉って聞いたことがありますか?

文字通り、誰かに知られることなく良い行いをすることで、それが目に見える形で自分にかえってくるよと言う「陰徳あれば必ず陽報あり」などとして使われることがありますね。

陰徳って神様が見ているからとか、徳を積むことで後世にもプラスになる・・というスピリチュアルな話で色々書かれてはいるものを見たことがあったのですが。

私的には学生時代に理系だったこともあり、結構現実的であんまりスピリチュアル的な話は信じていない(というか不勉強なだけで正直よくわからない)です。

一方で、仕事含めた毎日の生活の中では、こうした「陰徳を積む」ことを意識して実践すると、確かに自分自身にポジティブな影響があることは間違いないなと思っています。

今回はそう考える理由や現実的な効果って何か?ということについて書いていきますので、あなたももし陰徳とか徳を積むみたいな話にピンと来ていないことがあれば、新しい発見があると思うのでぜひ読んでみてください。
  

社会的に証明されたものだけではなく自分が良いと思うものを信じる

陰徳というと、誰も見ていないところでゴミを拾うとか匿名で寄付するとか、そういった行為をアピールすると「陰」ではなく陽徳になるから意味がないとか、徳を積むと運気が上がる話なのかなと、昔は思っていました。

運気が上がる・・という言葉を聞くと、なんだか科学的じゃなくてどうなのかな〜という気持ちもしていたんですよね。

でも科学的に証明されたものだけが正しいってのも間違いで、私が学生時代に宇宙に関する研究をしていたのですが、我々が住んでいる地球も宇宙の一部で、まだ解明されていないことがたくさんあるわけです。

例えば地球上含めた宇宙空間には、暗黒物質と呼ばれるもので満たされていることがわかっていて、これは質量はあるけど現代の光学機器で計測ができない「何か」が存在しているんですね。

また、ダークエネルギーと呼ばれる、現在では計測不能な何かのエネルギーが宇宙全体を膨張させていることもわかっているので、ファイナルファンタジーというゲームの世界ではなく、科学的にも研究が進められていたり。

なのでスピリチュアル含め、現代科学でわかっていないことや社会的に証明されていないものを、頭ごなしに否定するのはもったいないですよね。

馬車しかなかった時代に「自動車」という概念を説明できないのと一緒で、説明できる言葉がなかったり、計測や証明できないものってたくさんあるんじゃないかと思いますし、もしかしたら死後の世界とかもあるかもしれません。

そして陰徳を積むことで成功したり幸せにつながる話もよく聞くので、とても大切な意味があるんだろうと、帰納的に考えたときにどんな効果やメリットがあるのだろうと、自分なりに考えてみました。
  

陰徳の効果やメリットとは?

私自身が人の成長や幸福感といったところに興味があり、コミュニケーションの力を磨くことが大切なのでは?と日々思っていることあるので偏りあるかもしれませんが、、これまでの経験から陰徳の効果やメリットって以下の3つかなと思います。

誰にも奪うことができない本物の自信が身につく

誰も見ていないところで良い行いをする・・って、道徳的には良い話であることは理解できるものの、「誰も見ていないから・・まあいいか」と思ってしまう瞬間があるのって、きっと私だけではないはずではないでしょうか?

でも「誰かが見ている、評価する」から、やる・やらないを決めるというのは結局、他人や世間からの目を気にして自分の言動を決めているわけです。

他者・世間評価が善であり、是であることが動機付けされすぎると、それらを過剰に求めすぎたり反応が気になったり・・と、本来自分が持っている価値観とからしさというものが、後回しにされがちで。

多くの人間関係とのやりとりの中で仕事や生活をしているので、全くそれらを無視することは難しいとは思うのですが、誰がどう思おうと自分が良いと価値を感じる行動をするのは、とても大切です。

少なくとも、その行動をしていることを自分で見ているわけだし、現実世界で自分が価値ある行動ができた事実は、誰からも奪うことも否定することもできない本物の自信にもなりますよね。

自信を育むことについて書いたブログもあるので、よろしければこちらもご覧ください!(お読みいただいたら、また戻って来てください〜)

自信を育むことができるのは唯一無二の自分だけ

陰徳の本質的な意味は、徳を積むことを陰で行えたかどうかというよりも、

・関わりある全ての人に感謝の気持ちや「ありがとう」の声かけを忘れない
・失敗したら素直に認め、「ごめんなさい」を欠かせない
・与えられた仕事、役割、もっというと人生そのものを毎日しっかり生きようと思う

など、自分が良いと思うことを、他人が見ている・見ていない関係なくやりきる行動力なのかなーと思っています。

素の自分の基準値や価値を上げることができる

仕事をしていると、自分に余裕なくなったり忙しかったり・・でイライラしてしまうことってありませんか?

子育て中だったりすると、余裕ない自分が、つい子どもに対して雑対応してしまって自己嫌悪したり・・というのは自分だけではないと思います。

対外的な顔とか取り繕うことって大人であればある程度できたりするのですが、余裕ない時の素の自分にこそ、品格というかその人の器のようなものを垣間見ることができるのではないでしょうか。

だからこそ、日常的に陰徳が習慣化されていると、言葉には表現できないようなその人ならではの魅力を醸成するのだと思います。

同じ言葉であっても、発言者の魅力や人間性によって、響くものも違いますもんね。

得てしてそういう人って、自分を律することにも長けているので、基準値を高く保っているからこそ、謙虚さや素直さも保たれるんじゃないかなと。
  

Give&Giveの精神が育まれる

会社員時代も、起業家として活動していても、ビジネスはお客様への価値提供ができるからこそ、信頼されたり、対価としてお金をもらえるものですよね。

そのためにはまず与えることが大切ですよね、損得考えずに。

私はGive&Takeではなく、Give&Giveのマインドが習慣化されていることが大切って人に言うのですが、これができる人が良い仕事ができるだけではなく、より良い人生を送る可能性が高いんじゃないかなって思っています。

損得どうとかではなく、良いと思ったことをまずは見返り求めずどんどん行動するマインドを磨く意味でも、陰徳と言われることを実行し続ける意味は大きいですよね。

ビジネスシーンだけではなく、人との関わりの中で社会生活を生きているわけなので、他者にポジティブな影響を与える人に人は集まるし、そうではない人は周囲が離れていくのは自明です。
  

  
人間関係の悩みって「自分はここまでやっている・がんばっているのに、相手はわかってくれない!」というのがイライラや困りごとの原因だったりします。

・なんか自分が損をしている、相手と比べると自分は不幸だ・・
・もっと自分のことをわかって欲しい、認めて欲しい!

そのために相手を攻撃したり脅したりしても、一時的に効果あるかもだけど、また元どおりになってしまうこと繰り返し。

もちろん相手が変わることもあるかもしれませんが、時間がかかりますし、確実かどうかと言うと手っ取り早いのは自分が変わること。

可能であれば、そんな相手と距離を置けたら理想ですが、、仕事先での同僚だったり家族だったりすると、すぐにと言うのは難しいことも現実的にはありますよね。

「自分はここまでやっている・がんばっている」というGiveの状態のままで、それを相手が評価したりどう思うかは自分ではコントロールできないので、自分のGiveに集中し、Giveできた自分がんばっている自分を認めてあげること。

そうした陰徳の積み重ね・繰り返しがポジティブな自分をうみ、良い人間関係に恵まれるのではないかなと思っています。

・・と自分で書いて見て、あんまりできていないなあと気づくこともあったので苦笑、もしあなたも琴線に触れたものがあればぜひ一緒に実践していきましょう!

最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

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